ツイッターでも配信の時でも言ってたのですが
ゲームは自分の行動が反映されるものだと思っています。
そこは映画や本、写真等様々な形のメッセージ的な物を伝えるものでも
基本的には 作品から一方的に伝えられるものであります。
しかしゲームの場合はテーマ的な一貫した物があっても
プレーヤーの行動、選択次第で伝える内容が全く変わります。
図にすればまるで会話の様なものです。
別に芸術でも文学的な物を作る訳ではなく
所詮やってる事は 自己満足に過ぎません。
・・・っとちょっと本題が見えてこなくなってるので
本題に入りましょう。
ゲームにおける作業は
どう向き合うべきなのかという事です。
まずその前にゲームってなんだろうか?
そこから考えましょう。
ゲームは上に書いた様に 遊び手の行動によって様々な反応を起こし
その過程と結果を楽しむ物だと思っていいでしょう。
そのうえでRPGと言うのは
ゲームそのものを象徴していると言っても過言ではありません。
RPGはゲーム世界の住民の一人又は物語の主人公として
作中の世界に介入するものだ。
戦士や格闘家のように物理で殴ってレベルを上げたっていいし
今じゃ皮肉ネタとして古すぎる
勇者になって人様の物を調達したりとかだ。
しかし いくらゲームとは言えど
現実の仕事の様に 強い敵に勝てるようにする為に
弱い所でレベル上げやお金稼ぎ等の繰り返し行う事があるのだ。
これを俗称として作業と呼ばれ 非常に嫌われる傾向にある。
作品によってはこれを
世界観的に取り入れる作品もあります・・・が。
そんな所まで体感したくはないって言うのが一般的です。
だから近年は この作業をテンポ良くする為に
戦闘アニメーションを簡略的にする
オート戦闘の導入 プレーヤー側のAIの強化
そう言った工夫がありました。
この傾向のおかげでRPGは以前に比べて
遊びやすくなったとは言えるではないでしょうか?
どんなにゲームらしいksgを作っても
遊ぶ人が楽しいと思えなければまるで意味がありませんからね。
そこはゲーム以外でも言える事ですが・・・・。
しかしここで疑問が起きました。
わざわざテンポ良くするんだったら最初から
ステータスももっと簡素にしたって良いし
そもそも
戦闘なんていらないんじゃないのか?
とさえ思ってしまいます。
これは戦闘に限った話ではありません。
スポーツゲームで選手を育成できるモードがあるのですが・・・。
試合だけいらなくて 育成するADVパートだけやりたい
って例があります パ〇プロ系ですね正解。
でも作った選手を使って遊ぶ試合がなかったら
選手を作る意味が全くありません。
実際に戦闘がないRPGをやったら楽しいでしょうか?
謎解きとかミニゲームがあれば良いし
ストーリーも素晴らしければそれでいいでしょう。
洋ゲーや国内のPCゲーム、ルナドンのような
戦闘しなくても要素的に十分楽しめるゲームがありますからね。
戦闘回避する事を楽しめるのもゲームとしての面白さにあると思います。
そういう例もありますがあくまでそれは例外です。
テイルズやFFの方を想像して下さい
この二つは特に戦闘に特化した面白さがあります。
この作品から 戦闘が無くなったら
それはゲームではなくストーリーが面白い作品になります。
キングダムハーツや無双シリーズの様なアクションゲームで
アクションして戦う部分が無くなったら
3Dの描写やイベントシーンと物語を楽しむだけの作品になります。
これが意味するのは
ゲームとしての面白さがないと言う事。
この編はアレックスのゲーム論でも上げられたと思います。
勿論ゲームだからゲーム部分を面白くする必然性が
ある訳ではありませんのでご了承を・・・。
↓↓以下雑文
でもそもそもゲームをやると言う事はゲームをやりたい訳です。
例えると ステーキ嫌いのラーメンを食べたい人に
ステーキを喰わせる位のナンセンスだと言う事は自覚して下さい。
勿論見るゲtkる人を否定しているわけではありませんよ!
見るゲをやりたい人だっているわけですので
勿論ゲームという媒体でしか演出できない物があれば
それはそれでアリなんですからね!!!
↑↑雑文
本題に戻りますと ゲームの快適さが
ゲームとしての面白さとは直結しないと言う事です。
とはいえ ローディング時間が長かったり
操作が複雑で面倒だと途中でだるくなってしまう事も事実です。
この二つの点から 快適さは
ゲームの面白さに-(マイナス)か±0になる物だと言う事です。
続きます・・・・。
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